近代社会が発展するに伴って ≪学校・教育・仕事≫
学校教育が拡充されてきたが、このなかでも男女差別が行われていた。
男子は経済的、政治的、社会的、文化的役割の担い手として期待され、それらの役割を担うのに必要な教育を受けたが、女子は主として家事、育児など家庭内の役割の担い手として期待され、その役割を担うのに必要な教育しか受けられなかった。
エリート養成のための中等・高等教育を受ける機会は男子のみに与えられ、女子の職業教育は、看護婦や初等・中等教育の教師など「女性の適職」とみなされる分野に限定されるなど、近代の学校教育においては、教育を受ける機会は均等ではなかった。
そのため女子に中等・高等教育の機会を与える女学校、女子大学が設けられたが、それらは数が少なく、また教育内容も低く、男女の教育機会は実質的に均等ではなかった。
日本では、第二次世界大戦後に教育改革が行われるまでは、女子教育は「良妻賢母主義」に基づいて行われ、女子専門学校が最高の学校であり、女性の入学を認めた大学はきわめて少なかった。
現代の学校教育においては、男女共学制によって教育の機会は制度的にはほぼ均等になっている。
しかし、実質的には、社会や学校に性別役割分業意識が根強く残り、それに基づいて女子の教育が行われているため、男女間の差別・格差は消滅していない。
日本では、第二次世界大戦後の教育改革によって男女共学が制度化されたが、大学生には男子の比率が高く短期大学生には女子の比率が高いなどの格差がある。
また、男子は理・工・医・社会科学系に比率が高く、女子は家政・文学系に比率が高いことも、将来の職業の格差に関連する重要な問題である。
女性教師は幼稚園、小学校においては比率が高く、高等学校、大学においては比率が低い。
これは、教育における性差別の結果であるとともに、性差別を再生産する原因でもある。
男子は経済的、政治的、社会的、文化的役割の担い手として期待され、それらの役割を担うのに必要な教育を受けたが、女子は主として家事、育児など家庭内の役割の担い手として期待され、その役割を担うのに必要な教育しか受けられなかった。
エリート養成のための中等・高等教育を受ける機会は男子のみに与えられ、女子の職業教育は、看護婦や初等・中等教育の教師など「女性の適職」とみなされる分野に限定されるなど、近代の学校教育においては、教育を受ける機会は均等ではなかった。
そのため女子に中等・高等教育の機会を与える女学校、女子大学が設けられたが、それらは数が少なく、また教育内容も低く、男女の教育機会は実質的に均等ではなかった。
日本では、第二次世界大戦後に教育改革が行われるまでは、女子教育は「良妻賢母主義」に基づいて行われ、女子専門学校が最高の学校であり、女性の入学を認めた大学はきわめて少なかった。
現代の学校教育においては、男女共学制によって教育の機会は制度的にはほぼ均等になっている。
しかし、実質的には、社会や学校に性別役割分業意識が根強く残り、それに基づいて女子の教育が行われているため、男女間の差別・格差は消滅していない。
日本では、第二次世界大戦後の教育改革によって男女共学が制度化されたが、大学生には男子の比率が高く短期大学生には女子の比率が高いなどの格差がある。
また、男子は理・工・医・社会科学系に比率が高く、女子は家政・文学系に比率が高いことも、将来の職業の格差に関連する重要な問題である。
女性教師は幼稚園、小学校においては比率が高く、高等学校、大学においては比率が低い。
これは、教育における性差別の結果であるとともに、性差別を再生産する原因でもある。
update:2010年02月23日
